悪性リンパ腫

【取材日2006 年11 月21 日】

2002 年7月に咳が止まらず、喀痰があり(その色は緑色で粘性が高い)特に朝の咳が酷く、体がだるくて仕方がなく、呼吸器専門の○□クリニックを受診したところ、血液検査と胸部X線撮影の結果、医師からいわれた言葉は「こんなに酷い肺を見たこと無い」。
そこで、○○中央病院の呼吸内科を紹介して頂く事になりました.医師の診断は「間質性肺炎」でした。採血結果

採血結果と“薄緑色痰と激しい咳、そして熱が出ていない”という自覚症状からは間質性肺炎の可能性は低いと思われます。発熱も無く、桿状核球の増加もないことはウイルス感染による肺炎である可能性も低いと思われます。しかし、白血球数の増加、好酸球の増加、そしてリンパ球の減少は免疫的なバランスを崩している可能性は高いです。白血病や骨髄異型性症候群では赤血球、ヘモグロビン、血小板の減少、乳酸脱水素酵素の上昇を伴うがそれも顕著ではありません。
さらに幼弱球の出現までありますと、血液疾患、それも骨髄に何かの異常がある疾患を想像するものです。


8 月3 日、紹介先の○○中央病院へ入院。

退院する9 月14 日までの42 日間に気管支鏡検査を2 回受け、縦隔リンパ節腫大が認められたが開胸以外に組織摘出は困難でした。また鼡径部リンパ節の生検では異常が認められませんでした。
この時に悪性リンパ腫の疑いを持っていて、鼡径部リンパ節の全摘除による生検をしてリード-ステルンベルグ細胞が確認されれば診断は付いていたのだと思いますが、人の運命とは奇異なもので、確定診断が出来なかったことが幸いになっていたとは、この時点では誰も思ってはいませんでした。


どうしても、縦隔リンパ節の生検を見なくては診断名が確定出来ないと判断した医師は縦隔鏡を持つ病院での検査を薦めました。しかし、その病院を受診してみますと、「間質性肺炎が悪化する可能性があるからやめておいた方が良い」とのことで検査に至りませんでした。

かくして入院から42 日目、30 分~ 60 分おきに襲う酷い咳が止まる事もなく、○○中央病院を退院しました。
担当の医師からは「間質性肺炎の平均余命は3 年である」と聞いたものでした。
間質性肺炎の場合はインフルエンザに罹患すると良くないのでワクチン接種を奨められました。
10 月末、奨められるままインフルエンザの予防接種を受けましたが、その後に体調の更なる悪化が起き、11月14 日○○中央病院へ再入院となってしまいました。

入院前採血

白血球は前回よりも減少していますが、赤血球、ヘモグロビンと血小板の顕著な減少、好酸球の異常増加、骨髄幼弱球の増加、異型リンパ球の出現と間質性肺炎の採血とは違う所見が強くなって来ています。

2 度目の入院は主治医が呼吸器の医師に変更になりました。
この時点で触診とエコーで頚部、脇下、縦隔、鼡径部、そして腹部リンパ節全体に腫脹があり、超音波の技師からは「腹の中が真っ黒だ」と驚嘆の声が聞こえました。
さらに11 月18 日の採血結果を見ると貧血が極度になり輸血を考えなくてはならないレベルに達していました。
そして、乳酸脱水素酵素の上昇とエコーの画像からは非常に罹患率は低いがある病名を疑うには十分でした。

「悪性リンパ腫の疑い
11 月20 日、主治医からは家族に話があるから集まるようにと連絡がありました。
「息子が会議で来られない」といいますと、「明日でも良いが早い方が良い」と深刻な話であることが想像され
ました.
主治医の説明は「悪性リンパ腫の疑いで余命は3 ヶ月」でした。
平均余命3 年からいきなり余命3 ヶ月の宣告に途方にくれての帰宅途中に往診帰りの近医にばったり会いました。
近医に状況を説明すると「奥さん、病院ではご主人は助からない、世の中には薬で治せない病気にも効くサ
プリメントも有るはずです、探してみなさい」と言われ、弟から奨められたサプリメントを思い出しました。
奨められた時は「そんなに高いサプリメントなんか買う余裕ありません」と断ってしまったのでしたが、余命3ヶ月と言われて高い安いは言って要られないと思って、弟の平田隆夫に連絡をしました。
余命宣告から3 日目を過ぎた11 月24 日の日曜日からサプリメントを使い始めました。
その3 日後の27 日はガリウムシンチを受ける為に下剤を掛けられたのでトイレ通いが大変でした。
「漏れてしまいそう」とトイレに駆け込むのですが、「あれっ」と異変に気が付きました。咳が出ていないのです。
今までは30 分~ 1 時間の間隔で襲っていた激しい咳が全く出ていないのに気付きました。もし、咳が出ていればトイレまで間に合わなかったでしょうが、その間に一度も咳が出ていないのを不思議に思いました。
その夜は、数ヶ月ぶりに熟睡できました。夜9 時から朝方の4 時まで、咳に悩まされずに熟睡できたのは嬉しかったです。その翌日に義弟の平田隆夫さんに電話しました。
「いやあ、あれは凄いな、どんな薬を飲んでも、注射しても4 ヶ月も止まらなかった酷い咳が4 日で止まったよ。お蔭で久しぶりに熟睡できたよ、良いサプリを紹介してくれてありがとう」
このサプリメント使用2 日経過の採血結果は更に信じられないものでした。


このサプリメント使用2 日経過の採血結果は更に信じられないものでした。

11 月26 日の採血結果

僅か2 日しか経っていないが赤血球数、ヘモグロビンとも僅かに増え、好酸球は前回の28 %から11 %へと
大幅に減少。幼弱白血球も姿を消しました。更に乳酸脱水素酵素が530 から310 へと下がっています。


12 月5 日の採血

白血球数は落ち着き、正常な数値になります。赤血球とヘモグロビンは順調に増え、単球の割合も正常になりました。乳酸脱水素酵素は更に低下し228 と発病以来最低の数値に落ち着きました。
このサプリメント使用から僅か11 日間でした。
ところが、咳が止まったものの胸の痛みが続く、「もしかすると肋骨が折れているのでは」との看護士の言葉で胸部X線撮影をしてみますと、みごとに肋骨2 本が折れていました。
退院の1 週間前の12 月5 日に腹部エコーを撮ってみました。新米の技師は「消えちゃっている」と先輩の技師を二人連れて、3 人で調べ始めました。
ようやく探した腹部リンパ節の腫脹はほんの僅かでした。
検査だけしていた2 度目の入院でしたが、何の投薬も治療もせずに元気になって退院できました。
その後1 年半はこのサプリメントの使用は継続しましたが、「もう再発はないでしょうから、やめても平気でしょう」の言葉を貰い、2 ~ 3 ヶ月は中断しましたが、やはり飲んでいた時の方が調子は良いので、今までの半分を飲むことに決めて通算4 年が過ぎました.
偶然に取材の日は、余命3 ヶ月の宣告からちょうど4 年目の11 月21 日でした。



悪性リンパ腫患者世の中には数奇な運命を持つ方が居られるものです。
取材内容はあくまでご本人の感想です。
サプリメントの効果を標榜するものではありません。

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