急性骨髄性白血病

第二子を妊娠したNさん

Nさんが第二子を妊娠したのが2005年春のことでした。○○レディースクリニックで行われた3ヶ月検診の血液検査で白血球の異常増加と赤血球、ヘモグロビンの異常低下が見られ詳細な血液検査がなされました。
その結果を見た婦人科の医師は「開業して15年になるけど、こんな血液検査を見たことがい、希望の病院を紹介しますから」と言ったそうです。
採血日:2005年5月30日

その翌日、紹介状を持参して行ったのが獨協越谷病院でした。婦人科の医師から即入院を勧められたのはその日の採血で余りにも血小板が少なかったからでした。
「もし出血が起きたら惨事になる」という医師の言葉を無視して、「明日、入院します」と言い切って帰って来ま
した。その時に告げられた診断名は「急性骨髄性白血病の疑い」でした。
翌日の2005年6月1日彼女はサプリメントを抱えて入院しました。
骨髄液の検査で急性骨髄性白血病は確定しましたが、先ずはお腹の赤ちゃんの処置をしなくてはなりません。
抗癌剤は胎児に悪影響を及ぼすからです。
処置が終わり、血液内科の部屋が空くのを婦人科病棟で待っている時に母親に連れられて来た息子と遊んでいる様子を見た婦人科の婦長が「あの子は何の為に入院しているの」と担当の看護士に聞き、カルテを調べて状況を把握した婦長が血液内科に直接交渉してくれて、すぐに転科が決まりました。
「これも、運なのよね、あの時に婦長さんが私達の事を気にしてくれなかったら、血液内科に移るのがいつになるかは分からなかったから・・」
血液内科で行われた第一回の抗癌剤は6月15日から始まりました。
ところが、この間の無治療状態にも拘らず血液検査の数値は改善されていました。


※6月7日獨協越谷病院での結果

通常の抗癌剤治療と大きく異なるのが、骨髄に抗癌剤を効かせるには長時間の持続点滴が必要です。
イダルビシン20mgを3日間とキロサイト160mgを7日間の持続点滴が始まりました。
食事の時もトイレに行く時も寝ている時も点滴が取られる事なく1週間が過ぎました。
この間、「一度吐き気がしたけど、食事は残したことがない」という程に副作用は少なかったのですが、暫くして頭髪は全て抜け落ちました。
白血球数が戻ったころに病院側から言われたのは染色体検査の結果から見ると移植が一番良いという結論が出たので、移植が出来る病院を紹介するから相談して来るようにと。
一時退院して紹介された都立駒込と虎ノ門病院を回りましたが、専門医の見解はどちらも「身内で適合者が居たことは幸いですね、でも、抗癌剤の効果がよく出ていますからこのままの治療でも治る可能性が高いですよ、それで駄目なら骨髄移植をしたら良いでしょう」
7月20日より2回目の抗癌剤治療が始まりましたが、この間に頭髪が生え始めていました。
血色も良く、少し体重も増えていて、相変わらず出された食事は完食で3時のお茶のみの時のお菓子が幸せだと語る彼女はどこから見ても辛い治療で痩せ細った夏目さんや本田さんとは余りにも違うのです。
「白血病の治療がこんなに楽だなんて想像もしてなかった」と本人が言うから間違えは無いのでしょう。
しかも、堂々とサプリメントの瓶は出してあるので、「Drや看護士さんから飲まないでとか注意は無かったの」と聞くと、「何も言われなかったよ、もし、文句を言ったら赤尾先生の名前出すから平気」と事もなげに言います。

その時に母親だから強いのだろうか、それとも女だから強いのだろうか、彼女の生れ持った強さなんだろうかが分からなくなってしまいましたが、この堂々とした態度が大事なんだなと思いました。
この2回目の抗癌剤治療が終わってから助教授から言われた言葉は「寛解です」染色体の2箇所に変異があり、抗癌剤が効きにくいタイプと言われたのに2回で完治とは嘘みたいな話です。


でも、これで退院ではありません。

再び一時退院は許されましたが、その後に寛解維持療法が待っています。
骨髄液の検査(マルク)は胸骨から行いましたが、全身の骨髄液を調べたわけではありませんから、何処かに癌細胞が潜んでいると再発が起きてしまいます。それを阻止するのが寛解維持療法です。
一時退院時の採血結果を見て、私は再入院の時期を遅らせるように説得しました。それは、今は正常でも数日で白血球が下がる可能性が高く、その時期に抗癌剤を使うのは危険だからと判断したからでした。
しかし、彼女はベッドが塞がってしまったら再入院は出来なくなってしまうから戻りますの一点張りでした。
戻って直ぐに抗癌剤治療の予定だったのですが、その翌日の朝に発熱があり抗癌剤は延期になりました。案の定、白血球はその翌日に大幅に下がりました。
運が強いというのは、本当にこんな事なんだなとつくづく思い知らされました。
もし、再入院の日に発熱が起きなければ、抗癌剤治療は行われていたはずです、そうだったら白血球は極限まで下がり、骨髄のダメージは大きくなり免疫は働かなくなってしまったでしょう。
それが再発という形になるか、感染症で命を落とすかのどちらかであったと思います。
なにせ、獨協越谷には無菌室は無いのですから。
寛解維持療法は2回行われましたが、この間も全て完食を通しました。
サプリメントを飲んでいても白血球は下がります。その時に若い研修医が耳元で囁きました。
「あなたは、自分で白血球のコントロールが出来るんじゃないですか、少し下がり気味だから上げてくれませ
んか、それとね、治療前から良くなっていたのも不思議ですね」
白血球の数をコントロールできる人間なんて存在するはずは無いのにバカなこと言うなと思って話を聞いていましたが、この研修医にとっては彼女の治り方は異常に見えたそうです。
そして、翌日に約束したわけではありませんが白血球は戻ってきました。
丸1年間サプリメントを日に18カプセル休むことなく飲んできた彼女ですが、採血結果にも変化は無く再発の兆しは見えないために、それ以降は日に18カプセルを1日おきに飲むようにしています。
もう、あれから2年以上の月日が経っています。
急性白血病患者数々の運の良さが彼女を支えて来たような気がしてなりません。
2007年1月撮影
追記
「3年間は妊娠しないように」と寛解した時点で注意しておきましたが、「出来ちゃいました」と報告がありました。まあ、いいか。体調も血液像も良好だからと思っていましたが、主治医も妊娠を不安視していないようですから。
そして、発病から3年3ヶ月経過した、2008年8月4日0時26分に待望の第2子出産(女児)しました。
母子ともども健康です。もちろん、2015年6月現在も健在です。

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